ポジティブな曖昧さがつくる、新しい銭湯コミュニティ

高円寺の銭湯「小杉湯」と、その隣に建つ風呂なしアパート「湯パート」。そこでは、銭湯文化の継承にとどまらない、新しい形のコミュニティが育まれている。

銭湯で過ごす時間は、心を豊かにする。常連のおばちゃんたちと湯船で世間話をしたり、ドライヤーの残り時間をおすそ分けしてもらったり、脱衣所でスマホをいじって怒られたり。銭湯には、人の気持ちをオープンにする空気がある。

新しい地域に引っ越してきた際に、その地域に溶け込むための空間でもある。ただ道を歩いていても、こういった会話はなかなか起こらないだろう。

銭湯は、すっと地域の一員になることができる、地域の入り口のような存在だと思う。もちろん、新入りの自分を受け入れてくれる、常連のおばちゃんたちの懐が深いというのもあるが。

まちの暮らしと結びつく「銭湯ぐらし」

近年、利用者の減少や老朽化に伴う廃業から銭湯文化を守ろうと、さまざまな取り組みが各地で行われている。中でも、イベントを開催するだけにとどまらず、まちの暮らしと密に結びついた活動がある。

杉並区高円寺の「小杉湯」という銭湯とその隣に建つ風呂なしアパート「湯パート」を舞台に始まった、「銭湯ぐらし」というプロジェクトだ。

「銭湯ぐらし」は、「湯パート」の住民たちが‟銭湯“をテーマにやってみたいことを企画し、自らのスキルを活かして仲間と共に実現している。

ことの起こりは、「小杉湯」三代目の平松佑介さんが、2018年2月の解体が決定している銭湯の隣のアパート(現「湯パート」)の活用について、悩んでいたことだった。アパートの住民の方たちの引越しが予定よりも早く終了し、2017年1月には全12戸が空室になった。

解体まで1年間も空いているのはもったいないと感じた平松さんが友人に相談してみると、“銭湯好き” ‟小杉湯好き“な人々とのふしぎな縁が生まれ、それぞれがやりたいと思う企画の構想が続々と集まってきた。そうして、「銭湯ぐらし」プロジェクトが発足した。

「銭湯」を企画する多様なメンバーたち

コンポーザー・ミュージシャンの江本祐介さんは、「小杉湯」では深夜営業後の浴室清掃バイトも担当している。江本さんが企画したのは、浴室を舞台に行われるライブイベント「小杉湯フェス」。アンプやマイクなどの音響機材などは使わず、銭湯特有の音響を利用した、“丸裸”の生音を体験することができる。

2011年に東日本大震災が発生した後、都内のライブハウスは節電のため休業モード。そんな中、あえて電力を使わないライブイベントを見に行った江本さんは、マイクを通さずに生音のみで演奏することに面白さを感じ、「小杉湯」で試してみたことが「小杉湯フェス」の始まりだった。

実際に演奏してみると銭湯特有のリバーブが気持ち良く、楽器と声だけの生音で表現するという縛りが、銭湯で裸になることと通じるものがある。

アートディレクターの大黒健嗣さんが企画したのは、アーティストインレジデンスプログラム「アーティスト in 銭湯」。「湯パート」の102号室をアトリエにして、一ヶ月交代でさまざまなアーティストが入居し、月に一度制作現場を公開するオープンスタジオを開催する。

高円寺では多くのアーティストが活動しているが、高円寺に暮らす人が日常生活の中でその実態に触れる機会はほとんどなかった。銭湯という半公共スペースに併設するアパートにアトリエを設けることで、アーティストの活動領域とインスピレーションをサポートしながら、地域に暮らす人々とアーティストが刺激し合える、新しい環境をつくることを目指している。

高円寺居住歴13年の主婦、大月美帆さんは、もともと「小杉湯」の常連客でもある。大月さんが企画したのは「泊まる銭湯」。自らが“お風呂コーディネーター”となり、“銭湯のある暮らし”を、外国人をはじめとする高円寺を訪れた観光客の人に体験してもらっている。

大月さんが企画するツアーでは、お湯に浸かりながら話をしたり、高円寺の街を案内したり、周辺の銭湯を巡ったりする。外国人や若者と地域の人々の間にある、言葉や文化の壁をなくすことで、銭湯はお湯に入るだけではなく“しあわせな時間を共有できる場所”だということを分かち合いたいと、大月さんは考えている。

「銭湯ぐらし」が目指す未来

「銭湯ぐらし」が目指しているのは、どんな未来なのか。平松さんは公式サイトの中で、次のように語っている。

『(小杉湯が)昭和8年に創業して以来、お風呂屋さんとして街と人を支えてきたことは、高円寺というディープな街の文化が築かれるのに実は大きな役目を担ってきたのではないか、と思うようになりました。』

『古きよき歴史と、新しい文化が混在しながら、エネルギーがうねり溢れる高円寺の街の価値を高めつづけ、「高円寺に小杉湯あり」というブランドにしていく。そして、小杉湯が150年、200年と続いていくために私がこれから挑戦していく大仕事のはじまりが、この「銭湯ぐらし」だと思っています。』

大きな未来像を描く一方で、一つひとつのプロジェクトの具体的な内容については『小杉湯や湯パート、プロジェクトから生まれるつながりを大いに利用して、自分自身がやってみたいこと・やってみたかったことに挑戦してほしい。高円寺の人びとを支えて元気づけることで、その先にある、ひとりひとりの想いや夢、大きくいえば“志”を応援したい』と話している。

目的も、役割も、明確に断言することはない、ポジティブな曖昧さ。この活動に共感し、楽しみながら、主体的に関わり続けてくれるユニークな仲間が集まってきた所以は、そこにあるのかもしれない。

「銭湯ぐらし」公式サイト

[追記]記事の冒頭で触れたとおり、2018年2月の湯パート解体に際し、『銭湯のあるくらし展 〜さようなら湯パート〜』が開催されます。会場はもちろん、湯パートと小杉湯。※1月25日現在、チケットは完売。増席を検討中だそうです。

https://peatix.com/event/341683/view

岡本 あかね
岡本 あかね

編集者、ディレクター、デザイナー。2013年より、社会の課題をデザインの力で解決する、ソーシャルデザインプロジェクトに従事。関心分野は、暮らし、教育、ものづくり、ビジネス。