毎日に、ちょっとした優しさを──“お花の郵便屋さん”と始める「#花のある暮らし」

近年、花を買う人の数は少なくなってはいる。しかし、インスタグラムを中心に「#花のある暮らし」を楽しむトレンドが生まれつつある。こうした背景から、花の知識がない初心者や、日々の生活が忙しく花屋に行けない人でも、気軽に「花のある暮らし」を楽しめるよう、“花の定期便サービス”なるものが登場し始めている。

特別な日でも、なんでもなかった。

インターフォンの音に呼ばれアパートの扉をゆっくりと開けると、仕事帰りの彼が立っていた。ほんの少しの緊張と恥じらいが合わさったような表情。

私が声をかけるよりも先に、彼は自分の右手を前に差し出した。目の前には、一輪の花。薄づきの桃色が可愛らしい、八部咲きのカーネションだった。

それまで花を部屋に飾ったことのなかった私は、急いで近所の雑貨屋で花瓶を購入し、不慣れな手つきでそれを生けた。こぢんまりとした部屋に流れ込む、凛とした空気。

最後に生花に触れたのは、いつだっただろう。指先でそっと花弁をなぞってみる。

ああ、こんなに綺麗なんだ。

“花のある暮らし”に魅了されたのは、そのときがはじめてだった。

花を買う人の数は、時代を追うごとに減っている

それももう、1年前の話だ。カーネーションが枯れてしまってからは、花を部屋に飾ることはおろか、買うことすらしていない。

よく考えてみれば、自分の周りでも「母の日」といったイベントを除いて、日常的に生花を購入する人はあまり見かけなくなったように思う。

調べてみると「生花の年間購入世帯」の割合は1995年をピークに減少傾向にあり、2008年時点で40%を切っていることがわかった。

総世帯における1世帯あたりの「生花の年間購入金額」についても、2002年が10,705円だったのに対し、2017年では8,507円まで減少。

日本全体において、「花を買う人の数」や「花にかける金額」は、年を経るにつれて右肩下がりになっている。

日本における花き(観賞用の植物全般)の生産額は、2000年時点で世界1位を記録していたが、6年間でおよそ50%も減少。2006年時点でも世界3位と高い順位を保持しているものの、一人当たりのGDP比に占める生花購入金額の割合は0.10%と、統計に参加する先進国のなかでも最低レベルを記録している。

たくさん作られているにも関わらず、国内での消費量が圧倒的に少ない。世界的に見れば、現在の日本は“花を買わない国”と言われても仕方ない状況にあるのではないだろうか。このまま行けば、花きの生産額が落ち込み続けることは避けられない。

多くの日本人が、日常的に花を買わない理由とは?

どうして、日本では日常的に花を買う人が少ないのだろうか。

東海花き普及・振興協議会が、過去1年間に生花を購入しなかった世帯に実施したアンケートによれば、その主たる理由は「(そもそも)花を買う習慣がない」ことだった。

一方、花き産業が盛んなオランダ、フランスでは、「母の日」や「バレンタイン」といったイベントだけに関わらず、日頃から自宅用に花を買う人が多いという。

思い当たる節がある。かつて私がスロバキアに留学をしていたときも、フランス人のルームメイトはよく部屋に花を飾っていた。花を生ける彼女の横顔は柔らかく、季節が移ろうごとに、彼女の勉強机がその“表情”を変えていたのが印象深い。

世界最大の花の卸売市場である「アルスメール市場」を持つオランダでは、「パンを2つ買うお金があったら、パンを1つと花を買う」という教えすらある。それほど、国民の花に対する愛情は深い。

これらの国々と比べれば、日本では日常的に花を買う文化が根付いてるとは言えないだろう。その事実が、日本における花の消費率に大きく影響を与えているのかもしれない。

Instagramを中心に盛り上がる、“花のある暮らし”

そんな日本でも近頃では「丁寧な暮らし」という文脈で「生活に花を取り入れる」ムーヴメントが、盛り上がりつつある。

Instagramで「花のある暮らし」とタグ検索すると、投稿件数はおよそ230万件(2018年9月時点)。食卓や窓際、書斎机など、部屋のあらゆる場所で、自分なりのアイデアで花を飾っている写真がたくさん溢れている。

写真に添えられた投稿文を読んでみると、「飾るだけで部屋の雰囲気を明るくしてくれる」「天気の悪い日が続いていたけれど、部屋のなかだけ晴れているような気分」「お家で食べるディナーが、いつもより特別な雰囲気に」といった感想が並んでいた。

生活に花を取り入れることは、単に部屋の雰囲気を明るくするだけではなく、飾る者の心や時間に“潤い”をも与えてくれることがわかる。

仕事、育児や家事、それらに付随する人間関係。私たちを取り巻く環境はいつだって忙しなく、心に負荷がかかることも多い。

厚生労働省が20〜80代の男女に実施したアンケート調査によれば、生きていくなかで何かしらの不安や悩みを感じているひとは、全体の約7割にも及ぶそうだ。

日々忙しく、ストレスを抱えやすい時代だからこそ、自分の心を豊かにする「丁寧な暮らし」が見つめ直されているように思う。「花のある暮らし」は、その“はじめの一歩”として支持されているのかもしれない。

「#花のある暮らし」をサポートする、花の定期便サービス

Instagramで「花のある暮らし」のタグを追ってみると、「Bloomeelife」という別のタグを見つけた。その投稿件数は1万超え。調べてみると、どうやら“花の定期便サービス”のようだ。

近くに花屋がない」「忙しくて花を買いに行く時間がない」「仕事が終わる時間には、花屋が閉まっている

「生活に花を取り入れたい」と思ってはいても、先にあげたような理由でその実現が難しいこともあるだろう。

その問題を解決するための手段として、また初心者でも気軽に花のある暮らしを始められるように、サブスク型の花配送サービスがいくつか誕生し始めている。「medulu(メデル)」や「霽れと褻(ハレとケ)」などもその例だ。

もう一度、花のある暮らしを始めてみたい

1年前のことを思い出し、今回は「BloomeeLIFE(ブルーミーライフ)」を通じて、花の定期購読を始めてみることにした。

同サービスは、全国55店舗以上の花屋でアレンジされた花束が、梱包された状態で自宅のポストへ投函されるという。どこの花屋が、どんな花を届けてくれるかは毎回ランダム。自分の手元に届くまで中身がわからない仕組みが、利用者にとっては楽しみの一つになりそうだ。

提供されているプランは以下の3つ。

  • おためしコース:本数3〜4本、1回のお届け 500円(送料別)
  • レギュラーコース:本数5〜6本、1回のお届け 800円(送料別)
  • プレミアムコース:本数6〜7本、1回のお届け 1,200円(送料別)

はじめての利用ということもあり、今回は「おためしコース」を注文。配送は毎週もしくは隔週のどちらかを選べる。旅行や出張などで不在のときは、特定の週の配送をスキップすることも可能なんだとか。

一週間ほど経った金曜の朝。ポストを開けると、かわいいイラストが印刷された厚紙の箱が投函されていた。まるで、お花の郵便屋さん。自分で買っているのだが、誰かからプレゼントされているような気分を味わえる。

急いで家の中に戻り、箱を開けてみる。今回届いたのは、クルクマ、リンドウ、ブルーファンタジーの3種類。配送された花については、公式サイトのマイページから確認できた。秋の訪れを感じさせる色味に、心がきゅっとなる。

あの日に購入した花瓶を棚から取り出し、1年ぶりに花を生けた。満開になるのが待ち遠しい。

珍しいね、花を飾るなんて

その日の夜、仕事から帰ってきた彼が食卓を見て驚いた顔をしていた。届いた花の種類、それぞれの花言葉や逸話。調べたばかりの知識を得意げに話すと、彼はゆっくりと微笑んだ。

今日は“特別な日”でも、なんでもない。けれど、今ならわかる。

花を飾るのに特別な理由なんて、きっと要らないのだ。

 

Photo by Roman Kraft on Unsplash

中川 明日香
中川 明日香

ライター。1994年生まれ。静岡大学で英米文学を専攻。学生時代に国際交流事業に携わるなかで、スロバキアに興味を持ち、長期留学を決意。現地の大学に通いながら、日本語講師のアルバイトで貯めたお金でヨーロッパ20カ国を周遊。その体験記を旅行メディア「Reisen」で執筆し始めたことをきっかけにWEBメディアの魅力を実感。帰国後「IDENTITY名古屋」でライターインターンを始め、現在に至る。