タグ: 書評

#MeToo された著者の作品は最低最悪なの?──ジュノ・ディアス『こうしてお前は彼女にフラれる』

おれは悪い奴じゃない。こういうとどう聞こえるかはわかっている──言い訳がましいし、恥知らずだ──でも本当なんだよ。 ジュノ・ディアス、「太陽と月と星々」、『こうしてお前は彼女にフラれる(都甲幸治、久保尚美 訳)』 幼い頃…

「お笑い」と「タブー」をめぐる人間喜劇──コメディアン文学としての『ある島の可能性』

僕が耐えられなくなっているもの、それは「笑い」だ。笑いそのものだ。人間の顔だちを変形させる、その突然の劇的なひずみ。それは一瞬にして、その顔が有していたあらゆる品位を台無しにする。人間が笑い、そして人間だけが動物界におい…

わたしたちが「     」を読むために──「なぜ詩を読めるか」を問う現代詩アンソロジー『認識の積み木』

ぼくは詩が読めない。 厳密にいえば「読んでも読んでも読んだ気がしない」ということで、また言葉を変えるならば「詩の読みかたがわからない」。詩に関するおもうところはさまざまないいかたができるのだけれども、ひとまずぼくにとって…

なぜ人文学的問題を自然科学として扱えるのか--郡司ペキオ幸夫『生命、微動だにせず 人工知能を凌駕する生命』

「究極的にはいつか死んでしまうわたしたち」を考えるのは、元も子もないように思えるかもしれない。 だが、生や死といったある種の境界条件をものりこえた先で、なおも思考を続けようとする意志を持ったぼくらだからこそ、あらたに想起…

テクノロジーは組織の運営体制を抜本的に変えるか–「監視」を軸に現代社会を議論する『私たちが、すすんで監視し、監視される、この世界について リキッド・サーベイランスをめぐる7章』

無言か声高にか、意識的にか偶然にか、意図的か過失によるものかはともかくとして、監視される側の監視業務に対する多大な協力によって、彼らの「プロファイリング」が促されていますが、私はそれを「見られることへの愛」だとは思いませ…